週刊 おしゃもじ☆パンチ 
おっとりスコと甘えん坊アメリカンカール。 仲良くおしゃもじのような手で猫パンチをしています。毎週月曜日に更新、4コマ漫画もあります。
おみゃえは誰だ?
ちゃあちゃんは困り顔。
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箱を鼻で突くと。
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にゃ~んと鳴いて猫の手がぬ~っと出てきて。
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そしてまた箱の中に消えます。
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        「ムリです」



母の教え
晩年の母は料理が上手でなんでも作っていた人でしたが、私が子供の頃は
大違いでした。
ダントツでセンスがなかったのがお弁当。
中学生の時、毎日お弁当持参でした。
友達はみな可愛いプラスチックのお弁当箱に色とりどりのおかずがいっぱい、
ご飯が少し入っていました。そのご飯はふりかけで彩られていました。

私のお弁当箱は四角いアルミ。その中に蓋のついた小さなおかず入れがあり、
ほとんどがご飯でしめられていました。
私はお弁当箱の蓋を開けるのが怖かったのです。
冷たいご飯の上に乗せられた味噌ピーナッツは石のように固く、
箸も通らず、一口で食べるしかありません。

おかず入れを開けるとサツマイモの天ぷらが一つ、あとはスカスカ。
もしくはミックスベジタブルをバターで炒め過ぎてシワシワになったものだけ。
私はお弁当を蓋で隠して食べていました。

あまりにも悲しいのでおにぎりをリクエストすると、
「ガッ
中身の鮭は骨がついたまま、梅干しは種が入ったまま。

友達が食べている卵サンドが美味しそうなので作ってと頼むと
「ブッ
たっぷりの醬油で味付けしたしょっぱい卵焼きがはさんでありました。

高校生の時、文句を言ったらそれ以降作ってもらえなくなりました。
姉は中学の時から毎日、お金をもらってパンを買っていましたが、
私は高校生になってからアルバイトをしていたのでお金はもらえませんでした。
バイトの稼ぎは少なく、パンは買えなかったので、私は飴をなめて高校の3年間を
過ごしました。

そのせいもあって娘が高校でお弁当持参になった時は毎朝早起きして
一生懸命、お弁当を作りました。
娘のリクエストに応じて卵焼きは毎日。
砂糖をたっぷり入れてふっかふかの厚焼き玉子を作りました。
娘は今でも
「お母さんの卵焼きは美味しかったな~」と言ってくれます。
私はろくな親じゃないけど、お弁当だけはちゃんと作れました。
お母さん、ありがとう。
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休日の過ごし方・それぞれ
はあちゃんは今日、ほとんどこの位置にいます。
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それはお姉たんのお腹の上。
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お姉たんが、ずっとゲームフェスに参加しているからなんです。
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そして一日が暮れていくのです。
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       「これが女子の休日?!」






ママは図書館で「ハンニバル」を借り、「羊たちの沈黙」もレンタルしてきました。
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原作も読んで、DVDもいっぱい観ようっと
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「それって生きてる人の脳みそを食べたり、遺体の皮をはぐ話だよね・・・


どっさりパン
凹んでいた私にPOKOさんがまたパンを送って下さいました。
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箱から出すとこんな感じです。てんこ盛り!
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今回のパンはきょっぴいさんとのコラボなんです。きょっぴいさんの煮豆を
あんにしてウグイスパンとこしあんパン。甘すぎないから罪悪感無し
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こちらはハーブウインナーと厚切りジェイソンベーコンを仕込んだお食事パン。
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3個続けて食べたらお腹がいっぱいでそのまま眠ってしまいました。
無添加のパンはお腹で膨らんで満足感いっぱいです。
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「ママ、3個も食べたんだって・・・」       「私のご飯は減らしてるくせに」




炭水化物制限ダイエットとか流行ってるけど、パンは古代から食べられている主食。
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                「日本人は米だけどね」



これからも美味しくて自然なパンはおおいに食べちゃおうっと。
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           「いいんじゃない?元気になれるんだから」




母の教え
私は小学生のころから白髪が生えていました。
中学の時はかなり目立つようになり、そのせいで好きな先輩のそばにも近寄れず
寂しい思いをしました。

ある日、母に白髪染めをしたいと申し出たところ
「中学生の時に染めると失明してしまうからダメだよ」と言われました。
そして私の同級生の子の名前を出し、
「あの子は○ーちゃん(私)より白髪で真っ白で染めてるんだよ。
○ーちゃんなんてまだマシな方なんだから我慢しなさい」と。

「ん?」ならなんであの子は失明してないんだろう・・・?
疑問を投げると母は
「きっと年をごまかして本当は16歳なんだよ」と平然と答えました。

あれから40年近くたち、もう白髪染めはやめようかなと思っているこの頃です。
久しぶりの大空
去年の秋に始まった大規模修繕工事が終わるので足場とシートが外されました。
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                     「空って広い・・・」





日当たりが抜群に良くなりました。
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二匹ともすやすやと。
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夜は人間に寄り添って温まります。
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娘が作ったチョコレートです。型にプリントシールを置き、溶かしたチョコレートを
流しただけなのに本格的。便利な時代になったものだなぁ・・・。
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ぽかぽか
寒い朝、暖房の温風が直撃するケージの上は人気です。
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         「私が先にハウスに入っていたのに・・・」





暖かすぎる時もあります。
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          「ちょっとクールダウン・・・」






夜は床にごろ寝。
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はあちゃんも。
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寝てばかりで楽しいの?
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          「猫の醍醐味だよ」



母の教え
私が5歳くらいの時、コンクリート造りのアパートの二階に住んでいました。
ある日の夜、気づくと部屋の隅に大きな亀がいました。

「?????」
家族全員びっくり。
誰かが捕まえてきたわけではありません。どこからどうやって入ってきたのでしょう。
「これはリクガメだ。家の中で飼えるから小松菜を買ってきなさい」と父が言いました。

でも実は家族の誰も亀が好きではありません。
私はニュ~と伸びる首と手足が怖くてたまりませんでした。
姉はもっと苦手らしく近づいてくると蹴飛ばしていました。
母も「なんで私がお世話しなきゃならないのよ」と不満げ。
父は亀に無関心でした。

1週間が過ぎた頃、母は
「亀に外の景色を見せてあげよう」と言い、亀を手に持って私を連れ出しました。
そして橋の手前で立ち止まり、橋の親柱と呼ばれる部分のてっぺんに亀を置きました。
亀はのろのろ歩き、親柱から滑り、川辺に落ちていきました。
母は
「亀は川に帰りたかったんだよ。お父さんとお姉ちゃんには内緒だよ」と言いました。
私は亀が幸せになれ、家の中を神出鬼没される恐怖から解放されホッとしていました。
あれは母の計画だったのか偶然だったのかわかりません。

つい最近、リクガメは泳げないと知りました。
100%、母もそれを知らなかったでしょう。
どうか川で溺れず、草むらに落ち、助かっていて欲しいと願うばかりです