週刊 おしゃもじ☆パンチ 
おっとりスコと甘えん坊アメリカンカール。 仲良くおしゃもじのような手で猫パンチをしています。毎週月曜日に更新、4コマ漫画もあります。
夫原病人の掃除日誌
これは私の感情のはけ口なので純粋にちゃあちゃん、はあちゃんだけに興味がある方はスルーしてくださいね。



11月上旬の夕方、電話が鳴りました。
10年前から別居している夫からです。
嫌な予感が・・・。
「足を折って入院するから来てもらえますかね?」
「えっ?また?」予感的中。夫から電話が来るときは100%悪い知らせです。

またと言うのは10数年前、夫は酔っ払って千鳥足で駅の階段を降り、
最後の一段を踏み外し足首を折ったことがあったからです。

夫と別居をした理由のひとつ。お酒。
夫は仕事の虫で仕事が終わった後、飲まずには帰れない人です。
そして飲んだら帰れないのです。
夫は酒好きですが、強くないので飲むと記憶が飛ぶか、寝てしまいます。
毎晩、仕事場の近くで飲み、そして泥酔状態で終電に乗ります。
終電はほぼすし詰め状態ですが降りるべき駅の一つ前の駅でかなりの乗客が降り、席が空きます。
その時、腰を掛けてしまい、たった3分すら起きていることができず、一時間ほど先の終点まで行ってしまいます。


そしてタクシーで何万もかけて帰ってきたり、翌日の新幹線で仕事場に向かったりします。
それでも無事なら我慢できますが、線路を歩いたり、道端で寝て警察のお世話になったり、
電車の中で盗難に遭うこともしばしば。

なにより心配だったのは酒のせいで娘が危険にさらされること。
うちは極貧で私は日中はパート、夜はコンビニでアルバイトをしていました。
アルバイトを終え、夜中、家に戻ると
「臭い?!」
ガスにかけたヤカンが空焚きになって変形しています。
台所では夫がテレビをつけたまま椅子に座って泥酔で爆睡。娘は奥の部屋で寝ていました。
私は気が狂ったように夫を責めましたが夫は
「『火事にならなくてよかったね』となぜ言えないんだ?」と冷やかでした。

その後も何度も同じことを繰り返し、私の神経はギリギリだったので別居を決意しました。
夫は職場の近くのワンルームマンションに住むことになりました。
生活費は倍かかりますが、このままでは私は病気になるし、娘の命の保証もありません。
火事の心配がいくらかでも減るようにオール電化のマンションにしました。
面倒なのは洗濯機が置けず、併設されたコインランドリーを使わないとならないこと。

夫は「ここなら這ってても帰れるな」と上機嫌。
そして
「夕飯はタッパに入れて持ってくればいいよ。洗濯物は毎日じゃなくていいから
たまってるなと思ったら家に持って帰ってやってくれればいいだろう」とまで言っていました。
私と娘が住む家からは電車だけでも20分かかります。
それを毎日やれと?
引っ越しは手伝いましたが、その後、10年間、夫の家には近づきませんでした。
夫と会うのはお正月と娘の誕生日だけ。
私に平穏な日が訪れました。
夫も誰に咎められることなく飲酒できるのでその暮らしを楽しんでいました。



そして今回の骨折入院。
私の生活は一変しました。
洗濯物を持って電車に乗り、病院の近くてスイーツを買って病室に通う日々。
病院でパジャマはレンタルできますが、薄っぺらの囚人服のようなので自分で用意しました。
年中無休の病院に入院したので看護士さんは忙しくあまり患者に目が行き届かない様子。
夫は元々、きれい好きではないので歯も磨かず、顔も洗わず。
そのため、私が頭のてっぺんからつま先までお湯で絞ったタオルで拭き倒しました。
それが何日か続いてから気付きました。
「足は折ったけど、手は無事なんだから自分で拭けば?」
夫は「俺がか?」ととぼけていました。

夫が入院してまもなく私の五十肩がまたうずいてきました。
毎日電車に乗ったり歩いたりで膝も腰も痛み始めました。
気づくと「コンドロイチン!コンドロイチン!」とつぶやきながら駅の階段を降りている始末。

そして一週間、いづれは夫が戻るワンルームマンションを掃除しておこうと思い立ちました。
部屋が狭いのでロフトベットを置いて、いつも、はしごで登り降りしています。
松葉づえ状態で帰るので、それはできないので業者を呼んでベッドを処分してもらうのがいいと。
再度、言いますが夫はきれい好きではないので散らかっているのは覚悟の上。
玄関を開けました。
「ん?鳥小屋臭い・・・」
一歩、足を・・・。
いえ、その一歩をどこに置いていいものやら。
床がありません。
床の上にあらゆる紙、ゴミ、物・・・で床が見えません。
「この部屋、カーペットだったかな?フローリングだったかな」
何も見えません。
足でゴミをかき分けると申し訳程度にカーペットが見えました。
「どうしよう・・・」
これではベッドの解体搬出どころか人間すらまともに入れません。
「明日にしよう」
玄関を閉め、家路につきました。


私は以前、友達のゴミ屋敷を一人で片づけた経験があります。
その家は中からゴミが押し寄せて来て玄関を開けられないほどでした。
床にも物が積み上げてあるので手をのばすと天井に手が届きました。
「またやるしかないか・・・」
体は悲鳴を上げていましたが、心は燃えていました。


次の日、夫の病院に行く前にマンションに寄りました。
ハンディクリーナー、軍手、クイックルワイパー、雑巾、ゴミ袋など完全装備です。
床が見えないのでクリーナーはまだかけられません。
まず、床にある物や服をベッドの上に放り投げました。
ゴミで一番多かったのは紙類。請求書、領収書、給料明細、はがき・・・
10年間に届いた物、受け取った物は何一つ破かずにそのまま床に放ってあります。
そしてコンビニの袋。丸めるわけでなくたたむわけでもなく、一番かさの大きい状態のまま放置。
中には腐った物、元がなんだったかわからない物、バラエティー豊か。
「ゴミ箱どこ?」
探したけど見つかりません。
夫は部屋そのものをゴミ箱にしていました。
見える部分だけの燃えるゴミで45L袋に7個。
よくここまでためたというか、共存していたというか。
床が見え始めたのでクリーナーをかけようとしてギョ!
ゴキブリが死んでいる。
あのゴキブリさえ生きられない環境で夫は生きていた。なんとしぶとい。
急に怖くなったので本日は終了。

続く・・・











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